龍平と茄子と唐辛子のこと

こどもの頃はひどく偏食だった。

今でこそたいていのものは食べられるし、好きな食材や料理もたくさんあって、食事に楽しみを見出せるが、大人になってからしばらくの間も食べられなかったものが多い。

苦手なものに共通したのが、

・からい

・食感がグニュグニュしていて噛んだ時の感触をイマイチ受け付けられない

という要素。

フランスで暮らしてみて、一般的に料理の味付けがマイルドなものが多くて、たすかった~と思っていた。

 

ただ悲しいかな、地方都市に長らく暮らしていると、いざ外食しよう!となった時のレパートリーが限られる、という問題にぶちあたる。これは日本でも同様のことだとは思う。特に食べたくてうずうずしたのが、和食を含めたアジアの味。

ブザンソンにはもちろんアジア人も居住しているから、いくつかアジア料理を提供するレストランは存在するのだが、店の外に張り出しているメニューを眺める限り、自分が想像して求めている味は絶対に提供されないという確信が生じて困っていた。

一度早々にどうしてもカレーが食べたくて、インド料理屋に入ったことがある。リザーブされたカレーはそこまでスパイシーさがなくて物足りず、不完全燃焼に終わってしまった。

 

通っていた語学学校は、ブザンソン大学と提携していて、かなりきちんとした施設だったらしい。日本人留学生の比率は少なかったが、中華系やアラブ系、マグレブ系といった様々な国籍の学生が年齢問わずたくさんいた。まあ、自然に近い国籍でかたまりがちで、語学学校でできた友人はほとんどが中華系だった。

で、仲良くなったなかに、上海出身の男の子がいた。確か少し年上で、フランスで絵画を学びたくて、その基礎固めとしてフランス語を勉強していると言っていた。身なりもかなりきちんとしていて、毎日違う洋服を着ていたし(日本人にとっては当然の習慣でも、どうやら中国、特に地方によってはかなり珍しいらしい)相当裕福な家庭に育っているんだろうなと邪推していた。日本のマンガが好きで、特にSLAMDUNKが気に入っていたようで(わたしも好き)マンガ愛から仲良くなれたのだった。顔立ちも、松田龍平をもう少しソリッドにしたかんじ、レッドクリフにキャスティングされたら絶対名だたる武将の役がもらえそうなかんじだった。仲間内では彼のことを勝手に龍平と呼んでいた。でもかなり小柄で、わたしは高身長な男性にしかときめかないので、恋愛感情は芽生えなかった…。

 

何の話だというところだが、とにかくその龍平と留学中のカルチャーショックについてだったか、会話をしていたことがある。

わたしが、中華料理が好きで、地方によって味付けが違うのもなんだか魅力的で、小龍包とか麻婆豆腐とか食べたいけど、こんなフランスの片田舎だと我慢するしかないよねえ、みたいなことを言ったのだと思う。留学仲間の中国人の友達で、料理が上手いやつがいるから、ふるまってあげる!とのことで、龍平が急遽チャイニーズディナーをセッティングしてくれたのだ。めちゃくちゃ嬉しかった。こんな幸せな機会は分かち合うべきだと思って、日本人で食道楽の友達をひとり誘って、ノコノコとお呼ばれされた。

 

腕を振るってくれた龍平の友達は四川省出身で、渡仏前は学業の傍らレストランの厨房で働いていたと言った。同席してた四川省出身の女の子が、四川の冬は寒いから、からいものを食べて体を温めるのよと説明してくれた。

そしてご馳走してくれた数々の品が、本当においしかった!

リクエストした小龍包と麻婆豆腐ももちろん食卓に並んでいたし、名前を忘れてしまった蒸し鶏的なお料理もよかったが、なによりおいしかったのが茄子だった。

前述のとおり、実はわたしはまさにその時まで茄子が苦手で食べられなかったのだが、食べられないなんて断ったら失礼だし、といただいてみた。茄子は縦に開いて素揚げにしているみたい、そして輪切りにした唐辛子がメインのソースがこれでもかとかかっていて、茄子とそのソースを一緒に口にするというお料理。

からいものも苦手だったわたしにとっては、暴力かと思ったほど唐辛子のインパクトがすごくて、目を白黒させながら食べたのだが、ふしぎと嫌ではなかった。とろりとした茄子の食感もおいしい。なんだかお箸のはこびが止まらなくなる。ふと隣を見ると、四川の女の子が汗をかいて「からい…」とつぶやきながら咀嚼していて、普段からからいものを食べる人でも、ちゃんとからさを感じるんだなあ…と変に感心してしまった。

 

打ち解けた友達とみんなで一緒に同じ皿の料理を食べるのって、やっぱりいいなと思ったし、それから茄子も唐辛子も好きになれた。きっかけをくれた龍平に感謝。

帰国してから龍平とは全くやりとりをしていないし、facebookもかろうじて繋がっているのみで更新もなく、彼の近況はわからないけれど、どこかで元気にしていてほしい。